厚生労働省が25日の社会保障審議会の部会で具体案を示しました
将来的に基礎年金を底上げするため、厚生労働省は、物価や賃金の上昇率よりも給付水準を低く抑える期間を短縮する案をまとめました。
必要になる財源は、比較的安定した厚生年金財政からの拠出や追加の国庫負担で賄うとしています。
年金制度の見直しをめぐっては、自営業者などが加入する国民年金の財政状況が悪化し、基礎年金の将来的な給付水準の低下が懸念されていることから、対応策が焦点の1つになり、厚生労働省が25日の社会保障審議会の部会で具体案を示しました。
それによりますと、支え手となる現役世代の負担が重くなりすぎないよう、年金の給付水準を物価や賃金の上昇率よりも低く抑えている「マクロ経済スライド」について、基礎年金では一定の経済状況を前提に、2057年度までと見込まれる継続期間を、2036年度までに短縮するとしています。
これに伴い給付を増やすのに必要になる財源は、会社勤めの高齢者や女性の増加などで比較的財政が安定している厚生年金保険料の積立金からの拠出や、追加の国庫負担で賄うとしています。
また、65歳以上の人が一定の収入を得ると年金が減額される「在職老齢年金」制度について、高齢者の働く意欲をそがないよう、見直す方向となりました。
減額となる基準額を現在の50万円から62万円や71万円に引き上げるか、制度そのものを廃止するかの、いずれかで協議を続けることになりました。
一方、年金財源の確保の観点から、厚生年金の加入者のうち経済力の高い人にはより多く負担してもらう必要があるとして、一定の収入を超えると保険料の支払いが増えなくなる「標準報酬月額」の上限を現在の65万円から引き上げる方針で、こちらも具体額は引き続き協議が行われます。
厚生労働省は、年内にも最終的な年金制度改正案をまとめ、来年の通常国会に法案を提出したい考えです。
給付水準抑制「マクロ経済スライド」の仕組みと見直し案
「マクロ経済スライド」は、少子高齢化に伴い、年金受給者の増加が見込まれる中で、支え手側の現役世代への過大な負担を防ぎ、持続的に財源を確保していくため、給付水準を物価や賃金の上昇率よりも低く抑える仕組みです。
2004年の法改正で導入されましたが、デフレ経済が続いたため、2015年度に初めて発動されました。
この給付抑制は、厚生年金では働く高齢者や女性が増えるなどして財政が改善したため、2026年度に終わることが想定されている一方、自営業者などが加入する国民年金の財政状況が悪化しているため、基礎年金では2057年度まで続くと見込まれています。
抑制措置が長期化すれば、給付はその分減り続けることになり、厚生労働省の試算では、過去30年間と同じ程度の経済状況が続いた場合、2057年度の基礎年金の給付水準はいまより3割低下するとしています。
このため厚生労働省は、基礎年金を将来的に底上げしていくため、給付の抑制措置の継続期間を厚生年金とそろえることにしました。
その場合、2036年度までに短縮されることになります。
これに伴い給付を増やすために必要な財源は、比較的安定している厚生年金保険料の積立金からの拠出を増やすことにしています。
また、基礎年金は、必要な財源の半分を国庫負担で賄うしくみになっていて、給付全体が増えることになれば、結果として国庫負担も追加されることになります。
厚生労働省の今回の案では、追加で生じる国庫負担は年間1兆円から2兆円程度と見込まれ、今後はこれをどう確保していくかが大きな課題の1つとなります。
「在職老齢年金」の見直し案
「在職老齢年金」の制度は、一定の収入がある高齢者の年金を減額する仕組みで、少子高齢化が進む中、年金財政の悪化を防ごうと、2000年から今の形となっています。
65歳以上の人は現在、賃金と年金あわせて月額50万円を上回る場合に、厚生年金が減らされます。
厚生労働省は、時代の変化で人手不足が課題となる中、高齢者の働く意欲がそがれ「働き控え」の要因になっているとの指摘があるのを踏まえて、見直すことになり、年金が減らされる基準を62万円や71万円に引き上げる案と、制度そのものを廃止する案が示されました。
試算では、
▽基準額を62万円に引き上げた場合、およそ20万人の年金給付が増えて、年間で1600億円の財源が、
▽71万円に引き上げた場合は、およそ27万人の給付が増えて、年間2900億円の財源が、
それぞれ新たに必要となります。
また制度を廃止した場合は、現在減額されている、およそ50万人を対象に、4500億円が必要になるとしています。
制度の見直しで、働く高齢者で収入の多い人の年金給付は増えますが、将来世代の給付水準の低下が懸念されていて、対応が課題となります。
厚生年金の「標準報酬月額」 上限引き上げ案
厚生年金の加入者が払う保険料は、それぞれの負担能力に応じて支払ってもらうため、おおまかな月の給与水準で区切った「標準報酬月額」をもとに算定されています。
上限は平均的な給与の2倍程度を目安に設定され、現在は65万円で、この水準を収入が超えれば、いくらあっても、保険料は上がらないしくみです。
厚生労働省によりますと、この65万円の水準を超える所得の男性は全体の10%程度となっていて、今後も賃上げが続くとさらに増える見通しだということです。
厚生労働省は、将来にわたる年金の給付水準を安定させるためには、こうした収入のある厚生年金の加入者には、より多くの保険料を負担してもらう必要があるとして、上限を引き上げたい考えです。
具体的には、75万円、79万円、83万円、98万円のいずれかに引き上げる案を示しました。
75万円の場合は、本人や事業者からの保険料収入が年間であわせて4300億円増加し、79万円では5500億円、83万円では6600億円、98万円では9700億円増えると試算され、どのラインに引き上げるのか、今後、詰めの議論が行われることになります。
林官房長官「働き方に中立的制度とする観点から議論と認識」
林官房長官は25日午後の記者会見で、「在職老齢年金」の制度について「高齢者の労働参加を妨げているケースがあるとの指摘も踏まえ 高齢者の活躍を後押しし、できるかぎり就労を阻害しないよう、より働き方に中立的な制度とする観点から議論が進められるものと認識している」と述べました。
今回のこの報道に関して
厚生労働省が示した基礎年金の見直し案は、将来的な給付水準の安定と底上げを目指し、年金制度の持続可能性を確保する重要な提案といえます。
「マクロ経済スライド」の期間短縮や「在職老齢年金」の見直し案など、多岐にわたる内容が示されたことで、少子高齢化社会への対応を加速させる動きが本格化しています。
特に基礎年金における給付抑制期間を短縮し、厚生年金の財源を活用する案は、比較的安定している厚生年金財政を活用する柔軟なアプローチとして注目されます。
ただし、年間1兆~2兆円と試算される追加国庫負担の財源確保は、今後の議論において最大の課題の一つです。
また、「在職老齢年金」の見直しについては、高齢者の就労意欲を高める効果が期待される一方、基準額の引き上げや制度廃止が将来世代の給付水準に与える影響への配慮も欠かせません。
高齢者が働きやすい環境を整えつつ、全世代に公平な年金制度の構築が求められます。
さらに、厚生年金の「標準報酬月額」の上限引き上げ案は、高所得層への負担増を通じて財源を確保する試みですが、企業側の負担増加や所得分配への影響についても慎重に検討する必要があります。
厚生労働省が年内に取りまとめる年金制度改正案は、来年の通常国会に向けてさらなる議論の場を提供することになるでしょう。
今回の提案が国民生活の安定と未来世代のための社会保障基盤強化に寄与するよう、丁寧で透明性の高い議論を重ねることが期待されます。